諏訪神社の天然エノキ(巨大エノキ発見)

今日、午前中は町内会区の総会
天気は曇り、午後からキウイの剪定を行った

キウイは、勢力が強く、春先に枝を切ると、樹液が止まらずに枯れてしまう。
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枯れ枝には、毎年、少しばかりのキノコの発生が見られるので、残して置く。
エノキ茸
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直径3cm。これぐらいが普通。
食べ頃であるが、量が足りない。
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腐りかけたヒラタケもほんの少し。去年はご馳走になるぐらいはあった。
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今年は、これらの茸はご馳走になってないので、川原へ出動
やはり、不作。
ヒラタケが一株のみ
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帰路、なんとなく、芳賀の諏訪神社へ参拝
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この地は、サッカーJ1モンテの本拠地から西へ、国道を渡ってすぐの場所に位置する。
社殿もなく、30m四方の小さな神社である。
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初穂(稲の実)をお供えしているのが、風情
ビニールハウスの冬囲いも山形らしい
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楡の木でも眺めようかと、奥へ
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ん?右手にキノコ
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何故かわからぬが、ケヤキの木の樹皮がそがれ、エノキ発見
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こんなに大きなエノキは初見参である。
大きなものは直径10cmに達する
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神様からのお土産として、有り難く頂くことにする
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さて、この芳賀の地は、古代の山形の中心地
出羽三山その他の霊峰は、この地を中央として構築されたと言われる

(以下は何かで読んだ受け売り)


お彼岸(春分の日・秋分の日)には雨呼山から太陽が顔を出し
朝日連峰の中心部に落日する。
朝日連峰は、最初に朝日の照射を受ける事から名付けられた

雨呼山は、山寺立石寺から若松寺に至る修験道の中心に位置する
太陽信仰の中心となるのが雨呼山である。
周辺の沢には不動尊が至る所にあり、その下には天台宗の流れをくむ寺院が立つ

夏至・・・・若松寺から日の出。月山に落日
      月山は日が沈む所。黄泉の山である

冬至・・・・立石寺から日の出。虚空蔵山(白鷹山)へ落日
      手前には、岩谷十八観音。これも黄泉の入口。
      恐山と同じ、口寄せが近年まで続いた場所である。

北東の鬼門に位置するのが、黒伏山


芳賀の地は、古代の人々を守る曼荼羅の世界を配置しているのである

この地は、西暦717年、
大和朝廷の命を受け、下野国芳賀郷(栃木県)から移民したのが始まりと言われる

律令国家による支配を行い、蝦夷地に文化をもたらした。

蔵王、朝日、月山、五所山・・・・山々に守られ、清水の湧く、豊かな大地であった。
間もなく隆盛を極める天台修験道が、雨呼山を中心として広がり、この地を守っていた

西の伊勢参り、東の出羽三山参りと隆盛を極めるのは江戸時代

その遥か昔の話(推測)である

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