西黒森山から畑谷城へ

今日も西山、西黒森山へ
さあて、どこから登るか、車で右往左往し、行きついたのが
白鷹山の登山口、嶽原口
初めて来たのであるが、中々立派
鳥居が出迎えてくれ、今は閉鎖中の便所、駐車場も大きい

DSCN9929.jpg

ここから、狐越(峠)へ
DSCN9930.jpg

期待はしてなかったが、有りがたい事に稜線の東側に道がある
森林管理署の境界か?杉林の中を進み
途中下る道を分けて
DSCN9933.jpg
楽して、鞍部到着
さらに続く道は何処へ?
DSCN9934.jpg
鞍部の杉木立の中に高さ1.8m程、立派な馬頭観音様
元々、街道であったのでしょうが、何処から?
DSCN9935.jpg
ここからは雑木林の尾根道
林床は薄い植生で、藪こぎもなく、明瞭なふみ跡が続く
DSCN9937.jpg
芽吹きもなく、足元の花もなく、朝日の大展望は木の間越し
DSCN9946.jpg
退屈な尾根歩き少々
間もなく頂上という所で、なにやら動物
DSCN9941.jpg
ハクビシンらしい
腹の下に子供でも居るのであろうか、素知らぬふり、逃げない

西黒森山、標高847mの山頂
東側の展望あるが、朝日連峰が見えない
今日はこれを楽しみに来たわけで・・・
DSCN9942.jpg
北側の尾根は少しだけ藪っぽい
間もなく、驚きの人工物発見
嬉しいやら、つまらんやらで
DSCN9948.jpg

最後は藪らしい藪を進んで、テレビ中継塔着
DSCN9954.jpg
ようやく、北側の眺望
DSCN9949.jpg
DSCN9952.jpg
道は良いが、滑る滑るで大変だ
藪の方が歩きやすい
痛めている左ひざが非常に辛い

馬牽原高原着
事前情報収集なんもなしだが、戦国時代の匂いがする
DSCN9956.jpg
漸く、大朝日
近くでみると、雪の少ないのが分かる
DSCN9957.jpg
鎧坂土塁跡の碑
上杉の直江軍が陣を構えた場所であろうか?
(この先、全くの根拠のない、私的歴史なので、信用してはダメです)
DSCN9958.jpg

さあて、ここから鎧坂を下り、一気に畑谷城に攻め入る
良く踏まれた古道の様相で大変満足
DSCN9971.jpg

ようやく、花
DSCN9967.jpg
県道に出て、昼食
DSCN9973.jpg
そのまま、古道を進む
手入れされた道は花盛りであった
DSCN9977.jpg
アズマイチゲ
P4040015.jpg
キクザキイチリンソウ
P4040021.jpg

あちらこちらに
DSCN9976.jpg
福寿草
P4040018.jpg

脇道には目もくれず、一路、畑谷城を目指す(道を探す)
DSCN9978.jpg
DSCN9979.jpg
DSCN9980.jpg
DSCN9981.jpg
東黒森山
こちらも歩けそうだ
DSCN9982.jpg
色々と史跡らしきがあるので、古道を進んでいる様子
DSCN9985.jpg
左手に湯殿山等々、右手に馬頭観音等々のある切通し
DSCN9983.jpg

馬頭観音の右側に、見たことがない様相の、観音様?姥様?何でしょうか?
DSCN9984.jpg
切通しを抜けると
畑谷の集落(公民館)に到着
DSCN9987.jpg

そして、畑谷城
DSCN9988.jpg

戦国時代、関ヶ原の戦に呼応し、奥羽でも天下分け目の戦いが行われていた
直江率いる上杉の軍勢2万
最上義光支配下の畑谷城は300~500兵
数時間で全員討ち死に。上杉軍も1000人の犠牲があったと謂われる。

ここから、上杉軍は富神山に兵を進めるが
関ヶ原の敗戦の報を受け、再び畑谷を抜けて決死の撤退・・・鎧坂の由来?

目が見えなくなったので、明日に続く
export (7).png

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント